これは、持っている特許権を有効に活用できていなかった、とある社長の物語です。
従業員100人の㈱タノコウ製作所は、いつも独創的な商品を開発し業界でも一目おかれている存在である。
商品を開発するたびに特許を出願し、積極的に特許を取るようにしていた。
今までに取った特許権は50件にも及んでいる。
しかし、会社の業績は今ひとつで、社長である田中幸太郎は、特許に対する不信感が芽生えていた。
「こんなにたくさん特許を取っているのに、何も役に立っていないのか。特許は必要ないのか。」
そこで田中社長は長年おつきあいをしている特許事務所の弁理士に相談に行った。
「うちの会社の規模では、結構たくさんの特許出願をしていると思いますが、なかなか儲けにつながりません。どうしてでしょうか。」
弁理士はちょっと言いにくそうな顔をしながら言った。
それは発明の質の問題で、特許制度が悪いわけではない。もう少し発明の質を上げる努力をされたらいかがでしょうか。
「発明の質?」
田中社長は、考え込んでしまった。
「発明の質って何だろう。うちの技術者は他社に引けをとるものではない。それなのに、質のいい発明を生みだせないとしたら、責任は社長の私?」
考えれば考えるほど分からなくなり、日々悶々としていた。
そんなときに、「出願計画の立て方」という講演会のダイレクトメールが届いた。
そこに書かれていたのは、次のような内容だった。
特許の質を求めても意味がない。大切なのは、会社の方針を明確にし、その方針を実現するためには、特許出願はどうあるべきかを計画することだ。
田中社長は自分の悩みが解決されそうだという直感が働き申し込みをした。
講演会には、社長や技術者など様々な人がいた。
講演会が始まった。
講師の先生は、突然言った。
今、特許が会社の経営に役立っているか疑問を感じている人が非常に多い。迷ったときには原点に返れといわれるが、特許の原点は、会社を成長・発展させ、技術者の自己実現の欲求を満たすことです。
あまりにも単純明快なので、田中社長は、心のなかで「その通りだ!」と叫んでしまった。
そして、講師が強調したのは、自分の会社の理想像をきちんと描くということであった。
自分の会社のお客様をイメージしながら、そのお客様が感動し、感謝してくださっている情景を描けますか。
その情景を鮮明に思い浮かべることができなければ、発展的な会社の理想像など描けません。
自分の会社の商品です。それを手にしたお客様が感動し、感謝してくださっている姿を描けない、とんでもないことです。
空想でもいいです。
空想でもいいから描ききってください。
田中社長の頭の中は、ものすごい勢いで回転しだした。
講師はさらには続けた。
お客様が感動し、感謝してくださっている姿が描ききれたら、自然と自分の会社の理想像が浮かんでくるはずです。
この会場にいらっしゃる技術者の方は自分の会社のお客様を感動させ、感謝していただくために新たな商品を開発しています。
そして、お客様の感動と感謝を追及していけば、必然的に会社の理想像につながります。
“理想を求めて全社一丸”
これが働く人のやりがいです。
今日は多くの社長さんもいらしています。
社長こそ、自分の会社のお客様を真剣に考え、その延長線上で、わが社の理想の姿を描けるようにしてください。
理想を語れない社長では、社員がついてくるはずがありません。
田中社長は、最後の一言にギクッとした。
大きなショックに襲われた。
「俺は”お客様の感動と感謝”の情景を描いたことなどないな。”理想像”もあいまいだな。俺はダメ社長かな。」
そんなことを考えていると、講師は、会場の皆を励ますように言った。
今からでも遅くありません。
理想像を描く努力をすれば、必ず描けるようになります。
そのためには、まず、お客様の感動と感謝の姿を描ききることです。
田中社長は、「そうだ、くよくよすることはない、これからが大切だ!」と、気分も晴れやかになった。
さらに、講師は言った。
理想像が決まったら、その理想像と現実とのギャップを考え、何年後にその理想を実現できるかを検討しなければなりません。
そして、あまりにも理想が高すぎれば、3年後に達成できる理想像を描くべきです。
しかし、最初に描く理想像は超理想の方がいいです。
高い理想像がなければ、3年後の現実の理想もクオリティの低いものになるからです。
田中社長は、すべてに納得できたが、一瞬、「この講演会のタイトルは、特許出願計画の立て方だったよな。なんだか経営計画の立て方みたいだな。」と思った。
まさにその瞬間、講師が述べた言葉が社長の心に突き刺さった。
特許出願計画は経営計画の中のひとつです。
会社の開発の方向性をはっきりさせるための計画が特許出願計画なのです。
講師の考え方は、次のようなことであった。
会社の方針をはっきりさせ、どの分野にどのような特許を何件出願するかをあらかじめ決めるのが特許出願計画である。
例えば、今年はAの分野には15件の特許出願をし、Bの分野には2~3件程度の特許出願をする、ということになれば、これは会社の技術方針そのものということになる。
今年は技術者がAの分野に集中することになるということで、特許出願計画が技術者の創造性をマネジメントする最も有効な手段となるわけだ。
言い換えれば、特許出願計画は技術者の創造性を計数管理するための手段になるということ。しかも、特許出願の内容によって、技術者が考えていることが会社の方針にマッチしているかどうかも判断できることになる。
もし、技術者の目線が、会社の求めている方向性とちがっていれば、その段階で技術者とすりあわせをして、方向性を修正することもできる。
さらに、特許出願計画を立てれば、会社が求めている方向性の中で技術者がお客様の感動と感謝を追及することになり、会社も発展し、技術者の自己実現の欲求も満足させられることになる。
特許制度をただ単に独占権を取って、市場を独り占めにする手段としてとらえるのではなく、制度全体を会社の成長と発展に活用すべきである。
その過程で市場を支配できるような特許が生まれるが、たとえそのような特許が生まれなくても、会社の理想像を実現するために個々の特許は役に立っているはずである。
田中社長は、納得した。
そして、講演終了後の質問をした。
「先生は、出願計画の立て方を、個別に指導してくださるのですか。」
『もちろんです。』
「理想像を描くところから指導してもらえるのですか。」
『はい、お客様の感動と感謝を追及しながら、理想像を描くところからお手伝いさせていただきます。』